かつて黄金の都として栄えた貿易都市、トンブクトゥに到着しました。
かつては栄えたトンブクトゥも、今では廃れ、砂漠化も進み、
一時期は、ユネスコの危機に瀕した世界遺産に登録されていました。
トンブクトゥで泊まった豪華ホテル。
部屋に荷物を置いて早速、トンブクトゥの街を散策です。
マリには、全部で60の民族がいますが、
この辺りにもたくさんの民族がいます。
トンブクトゥ近辺に多いのは、砂漠の民トゥアレグ族。
真っ青な民族衣装を着ているのですぐ分ります。
今日一日だけトンブクトゥをガイドしてくれるアリさんは、
トゥアレグ族の長老です。
昔、この辺り(そして北アフリカ全体も。)は、
トゥアレグ族が支配していたそうなのですが、
そこに攻め込んで来たアラブに負け、
今ではその勢力はだいぶ小さくなってしまいました。
だからトゥアレグ族は、アラブが大嫌い。
でもアリさんは、名前がアラブっぽい“アリ”だったり、
敬虔なイスラム教だったりするので、
現地ガイドのシセ(バンバラ族)が冗談で、
アリさんもアラブ人みたいだといったら、本気で激怒されてました。
ちなみにこの気性の荒さは、
彼らが数年前まで政府と戦闘を繰り広げていたことや、
昔は砂漠を行く隊商を、最近ではパリダカの車を襲撃したことを思い出させます。
マリで出会った他のどの民族よりも血の気が多い民族のような気がしました。
一方、こちらはベラ族のテント。
昔はトゥアレグ族などの民族の奴隷だったベラ族は、
今でも非常に貧しい暮らしをしています。
このテントも、空き地に勝手に建てているものだそうです。
ベラ族が住んでいる一帯は、
なんとも言いようのない暗さが漂っていました。
ちなみにベラ族の人たちは、肌の色が墨汁のような黒でした。
黒人の肌の黒い色にもいろんな黒がありました。
これは、屋台のテンプラ。
屋台というか、家の前に椅子と鍋を置いてジュージューやっているだけですが。
これは大学。モスクが併設されています。
トンブクトゥの街外れの砂漠には、トゥアレグ族たちが住んでいます。
らくだに乗って彼らのキャンプを訪れることができます。
ちなみに街外れには、立派なホテルと運河があったのですが、
それはリビアのカダフィ大佐が作って所有しているそうです。
らくだに乗ってしばらくすると、トゥアレグ族のキャンプに到着。
トゥアレグ族の若い男の子たちは、
観光客を金づるとしか見ていなくて、物を売りつけようと必死です。
キャンプを見て、
「夜、寒いよね?」と聞くと、
「そうだ。だから服を買う金をくれ。」と返ってくるし、
「学校は行ってるの?」と聞くと、
「行ってる。ノート買うお金が必要だ。」と返ってきます。
こういう時は、貧しい国を旅していて悲しくなる時のひとつですが、
でも彼らをこうしてしまったのも、観光客なんだよなあ。
(今回の旅行では、観光客の害悪について、よく考えました。)
サハラ砂漠に沈む夕陽をらくだに乗って見てるぼくら。
なんて旅情溢れるシーンなんだろう!
でもらくだに付いて来るトゥアレグ族の男の子たちが、
あの手この手でずっと金くれ金くれと言ってくるので、
あまり楽しめませんでした。
こういうのを全然気にしないでいられる人は、
らくだに乗ってトゥアレグ族のキャンプを訪ねてみてください。
(トンブクトゥ自体は、興味深い遺跡がたくさんあって、散歩するのにいい街です。)
ホテルに戻ってきた食べた元旦の晩ご飯。
日本人添乗員さんが持ってきてくれた、インスタントお赤飯もありました。
マリ担当:175




そうゆう細かい気遣いしてくれるなんて、
できる人だ!
(青豆の中に小梅発見したよ)
細かい盛り付けまでよく見てるなあ