2011年04月23日

『原発と地震』 新潟日報社特別取材班

 

今から10年以上前に、青森県・六ケ所村の原子力関係施設を見学したことがありましたが、
特に強い興味を持つこともなく、その後、日本各地で原発事故が発生した時も、
「怖いなあ。でもまあ大丈夫だろう。」くらいの低い意識だったのですが、
さすがに今回は、原子力発電の是非について考え始めました。

まず読んでみたのがこの本。

原発と地震〜柏崎刈羽「震度7」の警告

2007年7月の中越沖地震によって、設計時の想定を大幅に上回る激しい揺れが発生し、
東京電力柏崎刈羽原発は緊急停止します。3号機建屋近くでは想定外の火災が発生。
6号機建屋では、想定外の場所で、放射性物質で汚染された水たまりが見つかります。
想定外だらけで大混乱の現場に、当時の首相・安部がノコノコ視察にやってきます。
その後、放射性物質を含む水が日本海に流出していることが判明。
後の風評被害に繋がります。
(こんなことが起きていた記憶が全然無いのが不思議…。)

この流れ、まるで今回の福島原発事故のことを書いているかのようです。

地震から3ヵ月後、東電の当時の社長・勝俣(現・会長)は、新潟県に復興支援金として、
30億円を寄付します。しかし、同日、東電は、柏崎刈羽原発沖の海底再評価により、
活断層の疑いが強い断層を見つけたことを公表します。ちなみに、東電と国は、
この情報を2003年には把握していたのですが、そんなに強い地震は起きないはず
という予測により、地元に対してすら、事実をずっと公表してきていませんでした。

分厚い障壁に守られた原子炉のように閉ざされた「ムラ」。
そんなイメージもある業界の中にこもる電力会社やメーカー、そして保安院など国の機関。

(中略)

東大大学院教授の斑目春樹は指摘する。
「原子力ムラの人間が変われば問題は解決するのに、ムラの人間は世間が変われば
解決すると思っている。大間違いだ。」

斑目が訴えるこうした姿勢への転換がない限り、中越沖地震の教訓が生かされたことには
ならない。

そして、教訓は生かされず、今回の福島原発事故でも、東電幹部は他人事みたいな態度で
心のない謝罪を繰り返しているだけです。「我々も被害者なのに何で減給なんだ。」とか
「そのうちみんなまた忘れるよ。」とか思ってるんでしょう。

中越沖地震で緊急停止した柏崎刈羽原発も、去年から今年にかけて、1機、また1機と、
再稼動を始めています。

こんな状況の中、原発は本当に必要なのか?という議論をあちこちで耳にします。

ドイツは、福島原発事故後すぐに国内の原発全廃を早期に実現する方針を打ち出しました。
(ただし、ドイツが国内の原発を停止した場合、隣国フランスからさらに多くの電気を買う
 ことになりますが、フランスの電気はほとんど(電力需要の8割)原子力発電のようです。)

個人的には、もちろん、事故ったときの影響があまりにも大きいので、
無いですむなら原発を無くしたいところです。

原発が必要だという人には、「ならあんたの家から10キロ圏内に建ててもいいですね?」、
と聞いてやれば、多くの人は「ならいらない」となるはずです。

しかし、現実には、原発を止めた場合の代替エネルギーにろくなものがないこと。
(石油・石炭は環境への負荷が高く、風力・太陽光はコストが高く、安定供給もできない。)

そして、例えば東京に原発を建てようとなった場合、賛成派と反対派に分かれて、
大論争になり、結論がなかなか決まらないと思うのですが、そんな議論をしてる間に、
財政破綻寸前の田舎の貧乏地方自治体が、原発を積極的に誘致して地域復興を図ることが
予想されること。

そう考えると、原発の安全性を高める、原発を小型化する、といった辺りが、
現時点での現実的な落としどころになってくるような気がしてきます。

ただ、原発の安全性を高めることになればなるほどコストが上がるのは目に見えているので、
自然エネルギーの技術革新も並行して進めていって、原発よりも総合的に使えるエネルギーに
早くできるといいなと思います。



書評担当:175

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posted by 175 at 14:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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