
今年一番に晴れた、とある1月の平日。
久しぶりのお休みをもらって、お魚さんは、友達のトナカイさんと一緒に、
ねずみが住む夢の国に遊びに行きました。
ところが、トナカイさんは、夢の国に飛び込んだ瞬間、魔法をかけられて、
たちまちねずみのミニーちゃんに変身させられてしまいました。
こうして、お魚さんとミニーちゃんとの一日限りの切ないデートが始まったのでした。
平日の夢の国は、とても空いていました。
ショーは間近で見放題、乗り物にも乗り放題です。
でも、実は、お魚さんは、速い乗り物が苦手。
速い乗り物に乗りたくないお魚さんは、ショーを見たり怖くない乗り物に乗ったり、
ランチで2時間もお話したりしながら、何とか危機から逃れようと悪あがきしてたのですが、「あれ乗ろうよ」とミニーちゃんにせがまれて、ついに観念して、ジェットコースターという名の殺人マシーンに乗り込むことになってしまいました。
(そのジェトコースターは、なんと、縦に1回転するという、現代物理学の大前提である重力の法則に真っ向から対立する姿勢を高らかに宣言しているかのような動きをする非論理的で非人道的な野蛮な乗り物なのです。)
恐怖におびえるお魚さんでしたが、優しいミニーちゃんは、お魚さんの手をずっと握ってあげていたので、お魚さんもなんとか気を失わずに済みました。
でも、やっぱり怖いものは怖いと思ったお魚さんでした。

そうやって二人、いつしか恋人同士のように過ごすお魚さんとミニーちゃんでした。
しかし、楽しい時間は、あっという間に過ぎ去ります。
やがて、日は傾き始め、フィナーレを迎える時刻が近づいてきました。
トナカイさんがミニーちゃんでいられるのは、夢の国にいる間だけです。閉園を告げる鐘がなり、
夢の国から出ていけば、トナカイの姿に戻ってしまい、ミニーちゃんとしての記憶はすべて消えてしまいます。
きれいな町並みを背に腕を組んで歩いたことも、ジェットコースターで握り合った暖かい手の感触も、路地裏で優しく交わした口づけも・・・
ミニーちゃんが夢の国で作った記憶は、夢の国の中だけのもの。
夢の国から出た瞬間にすべて消え去ってしまい、2人は元通りの友達に戻ってしまうのです。
夢の国のフィナーレは、二人の恋のフィナーレ。
「時間なんて止まってしまえばいいのに。」
そう思うお魚さんでしたが、時間は、決して止まらないし、戻りもしません。
お魚さんにできることといえば、ただ、ミニーちゃんと共にいる今という時間を精一杯楽しむことだけなのです。
決して逆戻りすることのない時計の針に、思い出という楔(くさび)を必死で打ち込もうと、いろんなアトラクションに片っ端から乗っていくお魚さんと、そんなお魚さんの気持ちなど何も知らずに純粋にはしゃぐミニーちゃん。
こんなに切ない物語が他にあるでしょうか。
そして今まさに目の前で始まろうとしているラストショーは、「ブラヴィッシーモ」。
そう、「火の精」と「水の精」との美しく壮大な恋物語です。
お魚さんは、対極にいる二つの精が互いを思い合い結ばれていくストーリーに、同じように対極にいる自分とミニーちゃんとが今にも迎えようとする悲しい結末を重ねあわせて、涙を抑えることができませんでした。
おしまい。
担当:恋愛小説家C
(ほぼすべてフィクションであり、実在の人物とはあまり関係ありません。)
